丸子紅茶の一日

丸子は近代茶業の礎の地なり

千葉県出身の旧幕臣 多田元吉翁(1829年生)は、明治2年(このとき40歳)、東京から徳川家15代将軍より払い下げられた静岡の丸子に移住し、広大な茶園を開きました。

当時、日本の輸出を支えたのは生糸とお茶でした。茶業振興を図る政府から、多田元吉翁は明治初期、中国、インドで紅茶製造の技術を学び、日本近代茶業発展の基礎を築きました。翁の茶樹は、現在も丸子の地を守っています。

そして、子供のころから元吉翁のことを聞かされていた村松二六氏は、紅茶発祥の地のお茶を絶やしてはならないと、平成元年から本格的に紅茶の復活に打ち込むようになりました。

近年人気上昇中の和紅茶を支えてきた村松二六氏の、紅茶づくりの一日をおいました。